ストラディバリウス
ストラディバリウス

バイオリンの名器にストラディバリウスと言うものがある。
これはえらく高い値段・・・と言うより人類の財産である。
我が家にもいつ頃からかストラディバリウスと記されたバイオリンが有る、
だが、決して何でも鑑定団などには出さない。
本来なら名演奏家が使うか、銀行の貸金庫に置くべきなのだが、何故かそいつはバラバラになっており非道い待遇を受けていたのだ。

 私は音の出ない楽器を可哀相に思い、ボンド・アロンアルファーでくっつけてあげたのだ。さらに、フルート吹きであるのにも係わらず、弾けもしないバイオリンを自分の子供に教え、一人前の教育パパになった。(これは、ただ単に邪魔しているだけで、これが他人の子供で図々しく月謝を取ったなら、これは立派なサギである。そう言えば、中国に「五十歩百歩」と、言う恐ろしい諺があった・・・。
バイオリン自身の名誉の為に言うならば、私の後輩であり、友人である読売交響楽団のコントラバス奏者(コントラバス奏者と言うのが、いささかしょっぱい・・。だが、プロの弦楽器奏者なのだ)の彼が「これはストラディバリウスではなくても、相当古い楽器ですな。百五十年以上は経っているでしょう」と、言った。

疑っている貴方の為に、この話には続きがある。
実は、彼の話を間いて、事もあろうに、このストラデンバリウスを買いに来た人があったのだ・・。


・・・・ 人が素人だと思ってトンデモナイ。私は愛するストラディバリウスを守るために決然と言った。
「いくら金を積まれても、手放さない」と・・・。
ところが、その女性はニコニコしながら、
「あら、何もそんなにたくさん出せないわョ。でも、弾いてみないと分からないわ」と、言いながら、厚かましくも、私より数段慣れた手つきで、ストラディバリウスを弾いたのであった。
すると、私の愛用のストラット(通は、ストラディバリウスの事をこの様に呼ぶのだ)は、いかにもオールドバイオリンと言った感じで、大変良く響いた。だが、私はそのストラットの出す音が、重さを伴った燻銀の様な深みに、幾分欠けていらのを聞き逃さなかった。

 私も音楽のプロなのである。(これは、私が乱暴にもボンド・アロンアルフアーで、くっつけてしまったのが原因かも知れない)そうだ、バレ無いうちに早く売った方が良い。あのストラディバリウスを弾くと、どうも奥歯に力が人り、歯が悪くなりそうなのだ。何もあの歯医者を儲けさせる事は無いし、子供の音感教育の為にもやはり手放したほうが良いのだ。人に狂育パパなどと後ろ指もさされないし、うちの弟子共にも馬鹿にされない。なにしろ。本物のストラディバリウスなら家が一軒建つ、いや、宇都宮なら二軒建って更にお釣りが来るのである。ボンドでくっつけて音が少し深みに欠ける分、割り引いても、それから・・・。

(実は、抜かりなく次の手を打ってある。数日前、埼玉県に就職した栃本県フルート協会の会員であるO君が、用も無いのに遊びに来た。その時彼は二万円の中国製バイオリンを持ってきたのだ。それには、弓もケースも付いている。漆でも塗っているのか、少々臭いのと、作りが粗いのと、弓が軽いのを除けば大したものなのだ。私は彼にその中国製のバイオリンを注文して買うように言ってある。
しかし、間違っても先にお金を渡すような真似はしない。私は彼の師であり偉いのだ。それに、この前も飲み屋でトーフステーキとほっけをおごってやった。さらに、危ない理由は、彼がハイレグに黒編みタイツのバニーガールと言う女性の居る、私が行きたくても行けない様な、よからぬ所に出入りしているのを知っているからだ。私ぐらい一流の先生になれば、いつでも弟子をより良く導くために、すべての事に気を付けているものなのである。

・・とにかく大変だ。この様な時は、何でもクレームを付ける理由になってしまう。足元を見られたり、相手のペースにはまってはいけない。バイオリンの事は、全くの素人なのだ。私は、すべてを分かっている商人の様に平然と言った。
「なかなか良い響きでしょう・・・ふふふっ」
「売りたくないんですよね・・・・」

私の方をチラッと見たその女性は・・・。 果れたことに、「十万円・・・・・位でどうでしょうか?」と・・・・・。
・・・・・・?
私は頭に詰まっていた血液が一度に落下するのを覚えた。

これぐらいのバイオリンであればケースだけでも、もっとする。
たしかにこのケースも弓も完全な安物である。
しかし何と言ってもオールドバイオリンである。

私は決心した。
「やはり愛するストラットを手放ぜない、芸術家として、この人類の偉大な財産を、この様な評価しか出来ない女性に渡してはいけないのだ。これは、決してお金だけの問題ではなく、私自身の道義的問題なのだ」

なにしろ、このバイオリンは友人からただで借りている。
私は「五干円で譲れ」と、追ったのだが、
彼は「それぐらいで売るくらいなら、あまりにも偲びないので、永久に貸してやる」と、逃げた。

「六千円」と言えば良かったのだ。

賢明なる先生は、またしても悟ったのであった!?


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