未熟者

ピアノ  演奏会を聞きに行く時は、演奏以外でも何かわくわくするものがある。
誰かに会うのではないかとか・・・、ひょっとしたら素敵な美人と知り合いになるのではないか・・・、などと甘い期待を持ったりする。
 大抵の場合そんな事はなく、会いたくもない最高に嫌な奴と会う事になる。
人の良すぎる私は、コーヒー代を持つ羽目になり「ごきげんよう」等と上流おばさん風に、嫌みを効かせたつもりで言いながら「二度とおごってやらんぞ」と心に誓うのである。

 演奏会にはそれぞれ主催者、会場、内容に依って独特の雰囲気がある。それは、気の小さい私にはとても苦痛で、特にその、他人を寄せつけ無い雰囲気にオドオドしてしまう。
しかし、何事にも動じないおばさんなんかは、東京文化会館の第九の演奏会にアメ横で買った新巻鮭を持って行ってしまうのである。まあ、第九を聴きながら新巻鮭の匂いを嗅ぐのも、年末らしくておつなものかも知れない。クロークにでも預ければよいのに・・・余程大切な物で、他人の新巻鮭と間違えられては困るのだろう・・見習わなければ・・・。

 ところで、今日はピアノの演奏会だ。開演前の会場に入ると、そこはすでに高揚した気分に包まれている。体型的に目立つ私は、さりげなく隅の席に座ると、回りからいろいろな話が聞こえてきた。

「???ちゃんは昔から上手だったのよ。でも小学校の時は私の方か進んでたの。彼女頑張り屋さんでしょう偉いわよね。私なんか受験でしょうが無しにやめたけど、続けていれば良かったわ」

・・・今日のソリストの知り合いらしい・・・・。
・・・・。!?
・・・単純な私は、何が言いたいのか理解に苦しんでしまうのだ。

 携帯電話を公共の場所から追い出すのも良いが、この様な場所や、静かなレストランでのおばさん達の大きな声のお喋りを禁止した方が余程世の中が静かに成るし、私の頭の中でおばさんの話がぐるぐる廻り"考えなくても良いような事に気を使う"と言う馬鹿馬鹿しい事も無いのである。

 今度は、右隣のあんちゃんがガールフレンドらしき女性に、音楽雑誌で仕入れて来たらしい高級な話をしていた。そんな私も知らないすごい知識をひけらかす奴などは、鼻持ちならないのである。

だいたい、音楽と音楽学は違うのである。何と言っても"学"が付いているのだ。
音楽美学や音楽史を暗記して音楽が演奏出来れば誰も苦労はしないのである。
(私の習った心理学のセンセイは、生徒の心理に付いては何も考えていない様で有った)

もしそうなら、記憶力が良い者が大芸術家に成ってしまう恐れがあり、
我々の様なバカな者達が努力する甲斐が無くなってしまい、
その内に演奏家の国家試験が出来てしまい、
それもペ−パー試験と言う事になり、
現在の活躍中のプロが99%不合格と言う事になる。
・・・恐ろしい事態だ!
何としてもくい止めねば・・。

本人は得意がっているのだろうが、これはハッキリ言って迷惑である。

 いい加減うんざりしていると、会場の明かりが落ちステージが明るくなり、赤いドレスを着た美人のピアニストが現れた。
華やかな彼女がステーシに口れると、会場は彼女の衣装を見てどよめいた。
「ホウ、背が高いからなかなかだ、ステージに立つのを見るとモデルさんみたいだ」
当然、私は勝手に美人の彼女に甘い期待を持つ。

 ベートーベンのピアノソナタの演奏が始まり、シーンとした会場に音が広がる。
 しかし、その音は、芯のある深さと重さが無くただ大きく喧しいだけである、確かに良くさらったのであろう、いわゆる音のマチガイは無いのだが、根本的に音楽そのものが・・・・。

鋭すぎるりズムは、これでもかと私を責め息をさせないし、スマートな身体はまるで何かにとりつかれた様に音楽に関係なく揺り動かされおり、彼女の確信に満ちた表情は演技賞もので、まるでテレビに出で来る占いのおねえさんである。 
一体、何をどの様に感じると、あの様な演奏になるのか理解できない。
私は段々腹が立ってきて、ただ早く終わらないかと願うだけであった。

休憩時間まで我慢をして帰ろうとすると・・・。
「とっても良いわね、素晴らしいワ」
と言う声が聞こえてきた・・・。

えっ!、?、?、!。

・・・・どうも私は修行が足りないらしい・・・。



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