おんぼろストーブが、ポッポッと言いなから赤い火を出して眠そうにしている。
ソファ一にデレーと座っている私は、遠い御先祖が発見した火の恩恵にあずかり、
『牧神の午後への前奏曲』の牧神の様に、幸せな白日夢の中である。
ガラッと、戸が開いた!
「ン・・・・・・、なんでえ、寝てんのけ」
私の安眠を妨害したのは、社長と呼ばれるかっちゃんである。
彼は…隣町でたった一人の小さな商店を経営しているので、立派?な社長だ。
かっぷくがいいと言うか何というか、とにかく、すごんだりしたらヤッチャンでもマッ青。
一度、屋台で絡んできたヤッチャンを黙らした実績があり、私は一目置いているが、
しかし、ここだけの話だが奥さんには頭があがらない・・いい気味なのだ。
「だめだんべ、弟子が一生懸命やってるのに先生が居眠りこいちゃ−。
あんたも大変だねぇこんな先生に付いていて・・。」
大きなお世話である。
私ぐらいのベテランの先生になると、寝ていても聞いているし、終わればちゃんと判るのだ。
判らなかった事は今までに一度だけあったが・・・、
その時などは、「私が練習して来ないので、先生は怒っていらっしゃるのだワ、今度はもっと練習して来よう」
などと、弟子の方で勝手に反省して、それなりの教育効果をあげいる。
それに、手取り足取り教え過ぎるのは良くない。何故なら、どうせ自分の足でしか進めないのだから・・。
私は単に、羅針盤の役目と、判定委員と、Hな居眠りおじさんでしかない。
「ウン、よかんべ、あんたは上手くなっぺ、どこ受験すんの。ふう一ん大丈夫だ。
俺が言うんだからまちげえねえ」
安眠妨害及び営業妨害である。それに必要以上の大きな声でデリカシーが全く無いのだ。
大先生はそれなりの教育効果を狙っていたのに、レッスンが台無しになっでしまった。
まぁ、オンボロストーブの二酸化炭素中毒で死ぬのは免れたかもしれんが・・・・。
「これで弟子が上手くなるンだから不思議だんべ。
マァ、弟子の方も先生がこれじゃー自覚するよなァ、ワッ、ハッハ・・・」
もうレッスンはしっちゃかめっちゃか、弟子を巻き込んで笑いの渦である。
かっちゃんが留守番電話に〔♪戦争でもないのに・・〕などと、
卑猥な歌をスリーコーラスも吹き込んだのは、私がすべての弟子に聞かせたので、もはや門下生では有名な話である。
「警視庁捜査一課ですか」
奥さんからの電話である。
「ああ、犯人はこちらで確保してるから、いま代わる」
かっちゃんは何やら話し終わると、
「ここァ暇でいいなァ、おりァ忙しから帰るぞ、ねえちゃん頑張れよ」
などと言い、いつもの様に、さんざんレソスンを引っかき回したあげく帰ってしまう。
残された私と弟子は気が抜けてしまいもはやレッスンどころではない。
最近、かっちやんは遊びに来ない。
奥さんが中学生と小学生の子供を残し、突然亡くなったからだ。
その事を・一番信じられなかったのは、かっちやん自身だ。

「うちのかあちゃんは、にぎやかなのが好きなんだ。パッとやっぺ」
周りに居た者は何も言えなかった
かっちやんはさらに忙しくなり・・、
このレッスン室からも、一つの笑いが消えてしまった。