打ち上げ
ビール  演奏会終了後の楽しみは、何といっても仲間たちとの打ち上げ会である。

しかし、東京、千葉、埼玉、茨城、地方(地方と言っても、宇都宮に住んでいる私にとって東京等は遠くなので、もう立派な地方である)の営業では、丁度盛り上がっだところで一人寂しく帰って来なけねばならない。それに、車ならばアルコール類は完全にお預けであり、これが結構辛いのだ。

 やはり演奏会は、近くや中途半端な距離より遠くがいい。
温泉と料理、椅麗な景色、これだ。
だが、そんなおいしい話が世の中にざらに有るはずがない。

 この前などは、蟹がおいしいと言う某県にゲスト講師と演奏者として招かれ大いに期待したが、どういう訳かホテルに帰るのは毎晩十時近く、それから飲むといっても何処もないので、しょうがなしにホテルの裏の、おせいじにも綺麗とは言えなく、地元の人ばかり居そうで入るのには勇気がいる焼き肉屋に毎晩通い「おばちゃん、ここの名物は焼き肉だよね」などと、やけくそ気味に盛り上がったりしたもんだ。
名物が食べられなかったとどめは、おみやげで、何故か全然関係ない野沢菜で何処に行ったのか解らないのであった。

 あれは、ある演奏会の打ち上げ会の時であった。
よぜばいいのに、食べ物とピールに目のない私は勧められるままに、ガツガツ飲み食いし、美味しい食べ物やビールに後ろ髪を引かれる思いで、遅れないように電車に飛び乗った。
演奏会と満腹の満足で電車の振動は非常に心地よかったが、しばらくすると電車の振動は、微妙に心地よさから遠い感じに成っていった。

自然が呼んでいる・・・。
こ、困った!この電車にはトイレがない。

 何しろ、トイレの為に下車すれば、確実に最終新幹線に乗り運れてしまう。
後悔したが、本番の後のあのピールの誘惑に打ち勝つ程人間が出来ていないし、それに時間的には十分間に合うはずであったのだ。
だんだん、自然が呼ぶ頻度が多くなった。もしここで、挫け電車を降りるようなことをしたなら、新幹線なら30分の所を普通電車で一時間半もかかるのだ。 それに、接続のことを考えないと・・・・。

 友人K(現在ある学校で教諭をしているはずであるが、ちゃんと授業をしているかどうか・・)が言った言葉を思い出した。

「我慢して、更に我慢を続けると、これが快感に変わるんだなァ」

彼は神経性下痢で常に悩まされているその道の大家で、我々とは鍛え方が違うのである。
その時は笑って聞いていたが、とんでもない奴だ。
「このー、嘘つき、変態野郎め・・・・ううっ」
私は顔に脂汗を感じつつも平静を装い計算した。
「え一っと、これは通勤快速ではないから、あと何分・・・」

 しかし私のカンピューターは「ゲンカイガチカイ、ハヤクゲシャセヨ」と、指令した。



 変態点? を通過して新しい人生を迎える為の才能は、私にはなかった。

少ない降車客に混じって改札口近くまで行き、ホームに戻った私の行動を見て、プロの駅員はすべてを察したであろう。 しかし、つい数時間前には、ライトを浴びステージの上で気取っていた私を、想像出来ないであろう。


月に腰掛け笛を吹く がらんとしたホームに戻りベンチに座ると、街の明かりの上に微かに光った星が見える。
先程迄のパニックが嘘みたいに平安がおとずれ、頭のなかにはラフマニノフのボカリースが響いている。
その音楽は先程の自分の演奏より数段上手い。
こんな演奏を聞いたなら、それこそ金縛りに合い心の中から涙が出るものだ。


そんな時、考えてはいけない事が頭の中を通り過ぎていった。

もしかしたら、今日の客は、電車の中の私よりひどい目に会ったのかも知れないと・・・・。


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